根拠

ドイツの思想家で、その著書『人間の教育』(1826年)には、「かれらと共に生きよう。かれらをわれわれと共に生きさせよう。」の言葉が出てくる。

これは、平成28年保育士試験問題の保育原理の試験の一部ですが、問いは「人名を結びつけた場合の正しい組み合わせ選びなさい」と言うものです。
保育原理には、このような問題は多く、これ以外にも言葉と人物を結びつける問題は毎年のように出題されます。
前々から、私は「このような問題に何の意味があるのか」と疑問に思っていました。
これから保育士として頑張っていこうとしている人が、この言葉を知っていることで、保育の質が高まるのかどうかと言う観点において疑問でしたし、一番重要である保育が好きである人のチェックが試験でなされていないと思ったものです。
この言葉を知っているだけで良いと言うのならまだしも、これが誰の言葉なのかまでもを知っていなければならない理由がわかりませんでした。
話は変わりまして、先日、外務省のヨーロッパ・中東地域を担当する方のお話を拝聴する機会がありました。
話の中心は、主にボスニア・ヘルツェゴビナの経緯と日本の関わり方だったのですが、要約すると
1)1980年のチトー大統領没後、徐々にボシュニャク系とクロアチア系が独立を推進し、それに反対するセルビア系が武力で支配地域の拡大に乗り出し、1992年に紛争が起こりました。
2)3年間の間に、死者20万人難民避難民200万人と言われる戦後最悪の紛争となった。
3)1995年12月、デイトン和平合意が成立し、ボスニアヘルツェゴビナ連邦とスルプスカ共和国の2つの自治共和国で構成される国家となる。
と言う流れでした。
2つの自治体に3つ以上の民族が暮らし、お互いがお互いに対して様々な感情を持ているために、何を決めるにも意見がまとまらず、決断ができない国をいかに平和国家として導くかと言う外交です。
国旗のデザインも決められなかったそうですから、相当に意見がまとまっていない状況がわかります。
結果として、それぞれの民族から要職を出し合い、元首もセルビア系、クロアチア系、ボシュニャク系の3名で持ち回りで担当し、その上に上級代表を据え、さらに平和履行評議会が支配するスキームとなりました。
天皇を中心として藩が国としてまとまっていった日本の幕末のような時代構成に歴史は繰り返すものだと思いましたが、今は、先進国の証でもあるEUへの加盟を目標に国としてまとまりつつある状況とのことでした。
やはり、まとまるためには共通の目標は大事です。
と、今から20〜30年前の歴史というにはまだ浅い他国の話を聞いてみて、もちろん私が直接経験したことでもありませんから、何が正しいのか、何を持って信じるのかは私の判断基準にかかっています。
もしこれが事実と異なる情報だったら、全て意味がなくなるのですから、誰から聞いたのか、誰が言ったのかという根拠はとても大事なことです。
今回は、直接の担当官の方から目の前でお話を聞けたので確かですし、歴史も浅いので自分でも簡単に検証することは可能です。
しかし、これが50年前、100年前、200年前の出来事だとしたら検証は飛躍的に難しくなっていきます。
基本的に、誰がいつどこで言ったのかなど、根拠のある信用できる客観的な話を前提に物事を推測し、見極めていかなくてはならないと思った日でした。
冒頭の答えは「フリードリヒ・フレーベル」です。

フレーベル