コナン君に学んだ忘年会2014

昨日は会社の忘年会でした。
毎年のように人数が増えてしまって、今年は40名席に50名が座るという事態になってしまいました。
せめて、東京と大阪で分かれていて良かったです。
締めの挨拶でも思ったことですが、今年は14ヶ所の新規施設を開設し、これまでにない<成長>の年でした。
来年も同じくらいの純増数ですが、来年は<成熟>の年にしなければならないと強く考えています。
会社といえども人の集まりですから、その人の成熟が求められます。
では、人が成熟するとはどういう意味なのかと考えてみると、成熟とは辞書には「人間の身体・精神などが十分に成長し発達すること」とあります。
大人ですから、身体は十分に成長していますので、重要なのは精神の成長を指すかと思います。
忘年会場に向かう途中で見たコナン君は「見た目は子ども、頭脳は大人」と言うギャップが子どもながらにヒーロー性があって人気アニメになったのだと思いますが、逆に「見た目は大人、頭脳は子ども」だと非常にマズイ状態です。
仮に、もしコナンくんが「見た目は大人、頭脳は子ども」の状態で、大切なことが分からずに、毎回のように犯人じゃない人を犯人だと断定していたら冤罪が増えますし、笑えない探偵アニメになってしまいます。
個人的には、この「頭脳が大人」とは「大切なことが分かる人」のことを言うのだと認識しています。
だから、大切なことが分からないことを幼稚と言うのだと思います。
これが現実社会だと大切じゃないことに目が行ってしまうことは珍しく無いのではないかと思います。
私たちの仕事で例えると、たとえば、「施設の満足度が高い」などを指標にすることは悪いことではありませんが、利用料金を支払う家族や保護者の満足度が高いことを第一に考えてしまうと、肝心の高齢者も子どもの目線がなくなってしまいかねません。
普通に考えると、どちらの目線が大切なのかは一目瞭然ですが、事業、仕事、という視点で見たときには、どうしても数字が欠かせません。
もちろん、数字がないと周りを説得も納得も得られませんので、満足度が大切じゃないというわけでもありませんが、同時に「子どもの成長にどう関わったのか」、「利用者の尊厳にどう向き合ったのか」という大切なテーマを失いかねません。
また、満足度といえども、専門職の場合は、麻酔から醒めた患者が自分が受けた手術の出来が良かったの悪かったのかがわからないように、実際の現場を見る機会はほとんどありませんので本質について本当に満足しているかも不明になりがちです。
ただ、満足度なら、いつかは大切なテーマに辿り着くのでまだ良いと思うのですが、全てにおいて自分の都合を一番大切なものとして仕事をしてしまうと、そもそもどんな仕事も仕事として成り立ちません。
2015年は、全ての施設で社員同士が「子どもの成長にどう関わったのか」、「利用者の尊厳にどう向き合ったのか」という会話が普通にされている一年にしたいです。

コナン