誰もが不可能だと思うこと

団塊の世代が後期高齢者にすっぽりと入ってしまうまで、残された時間はそう多くはなく、本格的に現実味を帯びてきました。
これまでの5年、これまでの10年も、激動の時代だったとは思いますが、その激動の時代の繰り返しの中で、テクノロジーは、人類の寿命、公共の在り方、価値観、政治への関わり方、政府の役割、食文化から伝統文化まで、そのほとんどを変えてしまう影響力を持っていることを、蒸気からスタートした産業革命以降、思い知らされてきました。
しかし、その影響の結果はほとんどの人々にとっては決して十分に予測してきたものではなく、自然と取り入れて、知らないうちに当たり前になってきたものです。
労働人口の減少が進むことで必然的にあらゆる分野で機械化が進み、また知らないうちにその影響を受けることになります。
しかし、考えて見ると、知らないうちに当たり前になり、自然と受け入れてきたから、なんとも思わないかもしれませんが、そのほとんどすべては、誰もが不可能だと思ってしまうことを実現してきた結果でもあります。
これからしばらく間も、その誰もが不可能だと思ってしまうことを実現した企業が繁栄し、政府によって配分されることに変わりはないだろうと思うのですが、民間に課された「誰もが不可能だと思ってしまうこと」の実現に向けて努力していくためにも、人を育てていかなくてはなりません。
そう考えると、遠い先の未来を見ることは楽しく感じます。